こんにちは、ときわオンラインのヨシハマです。
秋になるとお店に並ぶ、シャインマスカット、巨峰、ピオーネ。
今や日本の秋の定番、ぶどうですが、ふと、こんなことが気になりました。
「ぶどうって、いつから日本にあるんだろう?」
シャインマスカットが最近の品種だというのは、なんとなく知っている方も多いと思います。
でも、そもそものぶどう自体は?
100年前? 500年前?
調べてみたら、これが驚きでした。
日本のぶどうの歴史は、なんと奈良時代まで遡るんです。
つまり、約1300年。
しかもその始まりは、「お坊さんが見た、不思議な夢」だったという伝説付き。
そこから、戦国の世を越え、江戸の街道を賑わせ、明治の若者たちがワインに挑み、昭和の研究者たちが巨峰を生み・・・
と、まるで大河ドラマのような物語が続いていくんです。
今日は果物屋のヨシハマが、この「日本ぶどう1300年の物語」を、分かりやすくご案内していきます。
読み終わる頃には、一粒のぶどうが、ちょっと違って見えるはずですよ。
それでは、いきましょう。
始まりは奈良時代。お坊さんの夢に「ぶどう」が現れた
日本のぶどうのふるさとは、現在の山梨県、勝沼(かつぬま)だと言われています。
そして、その始まりには2つの伝説が残されています。
● 伝説その1:お坊さんの夢(718年)
奈良時代の高僧・行基(ぎょうき)がこの地で修行をしていたとき、夢の中に「ぶどうを手にした薬師如来さま」が現れた。
行基はそのお告げに従ってお寺(大善寺)を建て、ぶどうを植えた――
これが718年のこと、という伝説です。
勝沼にある大善寺は、今でも「ぶどう寺」と呼ばれて親しまれています。
● 伝説その2:山で見つけた不思議なぶどう(1186年)
もうひとつは、平安時代の終わりごろ。
勝沼の雨宮勘解由(あめみや かげゆ)という人物が、山道で「野生のものとは違う、珍しいぶどう」を見つけ、神様からの授かりものとして持ち帰り、育てた――
という伝説です。
718年か、1186年か。
どちらが本当かは分かっていませんが、いずれにせよ、山梨・勝沼が日本ぶどうの聖地であることは間違いなさそうです。
ちなみにこのとき生まれたのが、日本最古のぶどう品種「甲州(こうしゅう)」。
現代のDNA解析によると、甲州のルーツはヨーロッパ系のぶどうがシルクロードを旅して、中国を経て日本へたどり着いたものだと分かってきています。
つまり甲州は、ユーラシア大陸を横断してきた、壮大な旅人の子孫なんです。
ロマンがありますよね〜。
江戸時代:ぶどうは「街道の名物」になった
時は流れて、江戸時代。
勝沼のぶどうは、甲州街道の名物として大人気になります。
参勤交代や旅の人々が行き交う街道沿いで、「甲州ぶどう」は旅人たちの評判に。
そして、この時代に生まれたのが、日本ならではの「ぶどう棚」の栽培方法です。
頭の上に、ぶどうの屋根が広がる、あの風景。
一説には1615年ごろ、永田徳本(ながた とくほん)という人物が考案したと伝えられています。
雨が多くて湿気の多い日本では、ぶどうを地面近くで育てると病気になりやすい。
だから棚を高く組んで、風通しよく育てる。
ヨーロッパの「垣根仕立て」のぶどう畑とはまったく違う、日本の気候に合わせた知恵が、400年以上前に生まれていたんですね。
明治時代:若者2人、ワインを学びにフランスへ
明治になると、日本のぶどうの歴史は大きく動きます。
新政府の「殖産興業」の掛け声のもと、「日本でもワインを造ろう!」という一大プロジェクトが始まったんです。
1877年(明治10年)、勝沼に日本初の本格的なワイン会社が設立されます。
そして驚くのがここから。
ワイン造りを学ぶために、2人の若者が、はるばるフランスへ留学するんです。
高野正誠(たかの まさなり)と土屋龍憲(つちや りゅうけん)。
言葉も通じない異国の地で、ぶどう栽培とワイン醸造を必死に学び、日本へ持ち帰りました。
明治の初めに、ぶどうのためにフランスまで行く。
そのチャレンジ精神、すごくないですか?
この時代にはさらに、デラウェアなどのアメリカ系品種も日本へやってきて、日本のぶどうの世界は一気に広がっていきました。
※【参考】ワイン用ぶどうと食べるぶどうの違いについては、こちらの記事で詳しく書いています。
→ ワイン用のぶどうと食べるぶどうは何が違う?実は「甘いのはワイン用」という衝撃の事実
大正〜昭和:「日本の風土に合うぶどうを」情熱の育種家たち
さて、ここからは「日本人が、日本のぶどうを生み出していく」時代です。
私財を投げ打った男・川上善兵衛
新潟の豪農だった川上善兵衛(かわかみ ぜんべえ)は、「雪国でも育つぶどうを作りたい」と、私財を投げ打って品種改良に人生を捧げました。
その数、1万回以上の交配。
そして1927年、ついに「マスカット・ベーリーA」を生み出します。
これは今でも日本の赤ワインを代表するぶどうで、善兵衛は「日本のワインぶどうの父」と呼ばれています。
戦争の時代に生まれた「巨峰」
そしてもうひとり。
静岡の農学者・大井上康(おおいのうえ やすし)は、昭和10年代、戦争へ向かう混乱の時代に、「大きくて甘い、理想のぶどう」を目指して交配を重ねました。
そうして生まれたのが、のちに「ぶどうの王様」と呼ばれる巨峰です。
「巨峰」という名前は、研究所から見えた富士山の雄大な峰にちなんで付けられたと言われています。
激動の時代に、富士山の名を背負って生まれたぶどう。
そう思うと、巨峰の一粒がなんだか誇らしく見えてきませんか?
その後、巨峰の血を受け継いでピオーネなどの大粒品種が次々と誕生し、「大粒で甘い日本のぶどう」の系譜ができあがっていきました。
平成:そして「シャインマスカット革命」が起きた
日本ぶどう1300年の物語、最終章は皆さんもよくご存じのあの品種です。
シャインマスカット。
生まれたのは、国の果樹試験場(広島・安芸津)。
「マスカットの香りがして、種がなくて、皮ごと食べられるぶどうを作りたい」
そんな目標のもと、1988年に交配されて誕生し、長い試験を経て2006年に品種登録されました。
構想から世に出るまで、約20年。
そうして生まれたシャインマスカットは、ご存じのとおりの大ブームに。
「皮をむかない、種を出さない」という新しいぶどう体験は、日本中の食卓を変えてしまいました。
奈良時代に伝説とともに始まった日本のぶどうが、1300年かけてたどり着いた、ひとつの到達点。
それがシャインマスカットなんです。
そして今、日本のぶどうは海外でも「高級フルーツ」として大人気。
甲州ワインが世界のコンクールで受賞するなど、1300年の物語は、いま世界へ広がり始めています。
まとめ:ぶどう1300年の物語
日本のぶどうの歴史、駆け足でまとめますね。
- 奈良時代(718年?):お坊さん・行基の夢から始まったという伝説。聖地は山梨・勝沼
- 甲州ぶどうのルーツは、シルクロードを旅してきたヨーロッパ系ぶどう
- 江戸時代:甲州街道の名物に。日本独自の「ぶどう棚」も誕生
- 明治時代:若者2人がフランスへ。日本のワイン造りが始まる
- 大正〜昭和:川上善兵衛のマスカット・ベーリーA、大井上康の巨峰。日本人による品種の時代へ
- 平成:シャインマスカット誕生(2006年品種登録)。そして世界へ
お坊さんの夢から、シャインマスカットまで。
一粒のぶどうの向こうには、1300年分の、たくさんの人の情熱があったんですね。
こういう歴史を知ってから食べるぶどうは、また格別だと思いますよ。
うちのショップでも、ぶどうの聖地・山梨の秋山農園さん、隆昇園さんをはじめ、歴史ある品種から話題の品種まで、農家さん自慢のぶどうを取り扱っています。
1300年の物語の「最新章」を、ぜひ味わってみてくださいね。
※【参考】今のぶどう産地の勢力図はこちらの記事でどうぞ。1位はもちろん、あの県です(笑)
→ 【2025年産・最新】ぶどう生産量ランキングTOP5!1位はやっぱりあの県、5位には意外なあの道県!?
本日は以上です。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
ときわオンラインのヨシハマでした。
それでは〜!
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